国産素材を、戦略資源として読み直す
「国産」という言葉は、ともすれば情緒的なラベルとして使われがちです。「国産だから安心」「国産だから美味しい」という枠組みは、長く商品コピーの世界で定着してきました。けれど、Sun&R.Lab は国産素材を、そういう種類の感情語ではなく、事業戦略の資源 として読み直したいと考えています。
日本は南北約 3,000 キロメートル、亜熱帯から亜寒帯までを含む稀有な気候帯を擁する国です。47 の都道府県、それぞれに固有の地形と土壌、そして地理的表示 (GI) として農林水産省に登録された 100 を超える農林水産物があります。これらの登録は「その土地でなければ生まれ得ない品質」を国家が公的に認証した記録であり、テロワールの実在を制度として裏打ちしています。
つまり、日本は構造的に「テロワールの資源密度」が極めて高い国だと、私たちは捉えています。この資源を、ノンアルコール飲料・コンサル・BizDev の三事業で、どう戦略的に活かしていくか。本記事は、その戦略のノートです。
なぜノンアルコール飲料は、産地差を増幅しやすいのか
ワインの世界では、テロワールが味わいに刻印される構造はよく知られています。同じ品種でも、ブルゴーニュとボルドーでは異なる味になる。これは「醸造」という時間的・微生物学的なプロセスが、産地の特徴を増幅するからです。
ノンアルコール飲料では、発酵プロセスを経ない分、原料の個性がそのまま味わいに直結します。アルコール飲料に比べて加工層が薄い、と言い換えてもよいでしょう。これは技術的にはハードルでもあり (原料の個性が悪い方向に出れば、それが直接商品の品質を下げてしまう)、同時にチャンスでもあります。素材一つひとつの個性を抽出時点で保存し、ボトル内で完結させる技術が成熟すれば、ノンアルコール飲料は 産地差を最も鋭く表現できるカテゴリ になり得るからです。
たとえば国産ぶどう山椒。GI に登録される産地のぶどう山椒は、急傾斜地特有の水はけの良さと寒暖差から、香気成分のサンショオールを豊かに含みます。同じ品種を別の土地で栽培しても、この香気プロファイルは再現されません。柚子。太平洋側の温暖さと山間部の冷涼さが交差する谷あいで育つ品種は、皮の厚みと香りの揮発性を両立させます。在来茶葉。雪深い土地の年較差は、テアニンとカテキンのバランスを、温暖な土地とは異なる比率で発現させます。
これらは「産地」というラベルの背後にある、測定可能で再現性があり、しかも一回性を帯びた 個性です。栽培技術の差ではなく、土地そのものが生み出す個性。Sun&R.Lab がノンアルコール飲料で実装したいのは、この産地差を商品設計の中心軸に置く ── というアプローチです。
海外スパイスと国産ハーブ — 優劣ではなく、個性の方向性の違い
国産素材の戦略を語るとき、海外スパイスとの関係を整理しておく必要があります。これは Sun&R.Lab が大切にしている観点です。
スリランカのシナモン、インドのカルダモン、マダガスカルのバニラ。これらは長い歴史と圧倒的な品質を誇る、世界の食文化を支えてきた偉大な産地群です。私たちは、これら海外スパイスを「劣る競合」として扱うのではなく、国産ハーブとは異なる個性の方向性を持つ資源 として、敬意を持って組み合わせて使いたいと考えています。
海外の主要スパイス産地は、長年の選抜と栽培技術の蓄積により、揮発性精油の濃度が高く、料理に強い構造を与える力を持っています。一方、国産ハーブは揮発性精油の濃度が相対的に穏やかな傾向にあり、料理の風味に寄り添う「補助線」として機能します。両者は対立するのではなく、組み合わせ方次第で補い合える関係 ── 海外スパイスを「骨格」として、国産ハーブを「繊細な補助線」として配置する設計が、ノンアルコール飲料の語彙を確かに拡張すると、私たちは考えています。
たとえば、スリランカ産シナモンを底に、国産山椒を上に配する三層構造の抽出ドリンク。シナモンの甘い樹皮香が長い余韻を作り、山椒のサンショオールが舌の上にしびれを残し、国産ハーブの揮発香が鼻腔を通って消えていく。一杯のなかに、産地・植物部位・揮発性の三つの軸で異なる素材を配置する。これは、ワインの「ブレンド」や「バリック熟成」に近い思想で、香気成分のレイヤリングが複雑性 (complexity) と長さ (length) を生むという、Wine & Spirits Education Trust (WSET) の Diploma 教科書でも整理されている原理に通じます。
国際市場における "日本産ハーブ" の位置
International Trade Centre が公開する『International Spice Market Report 2024』によれば、グローバルなスパイス市場は依然としてインド・インドネシア・中国を中心とした大量生産産地が中心であり、日本産ハーブ・スパイスのシェアは相対的に小さいままです。
これは弱みではなく、希少性に基づく差別化機会 だと、私たちは捉えています。特にミシュラン星付きの料理人が世界的に「Locality (地域性)」「Authenticity (本物性)」を重視する潮流のなか、日本の在来種ハーブは「他では手に入らない」という構造的価値を持っています。米国カリフォルニアのニューネイティブキュイジーヌ、スカンジナビアの新北欧料理運動、地中海のロカヴォア (locavore) ムーブメント ── どれも「土地に根ざした素材」が評価軸の中心です。
ノンアルコール飲料が国際的にハイエンドの世界へ出ていく際、日本産ハーブはそのブランドストーリーの中心軸として機能します。「インドのカルダモン × 日本の山椒」という掛け合わせ自体が、語るに値する物語になります。
三事業との関係 — 国産素材は横断資源
Sun&R.Lab の三事業のなかで、国産素材は異なる位置づけで活かされています。
Maison Brand 事業 (NEIGE & THÉ) では、国産素材は 商品設計の中心 です。Tea / Herbal / Fruits & Veg / Infusion の四つのラインは、それぞれに編集思想を載せた選択の集まりで、日本の南北 3,000 キロメートルに広がる気候帯と GI 登録 100 品目超の素材のなかから、どの一杯を、どんな表情で取り出すかを編んでいきます。
Non-Alcohol Agency 事業では、国産素材は 店舗との対話の起点 になります。店舗のブランド世界観や立地に合わせた素材選び、OEM 商品の開発、地域の生産者とのコラボレーション。「貴店のテロワールに合う国産素材は何か」という問いから、共創の対話を始められるのは、国産素材を横断資源として持っているからです。
BizDev 事業では、国産素材を直接扱うわけではありませんが、「地域固有の真価を世界へ翻訳する」という方法論は共通しています。電力業界・物流業界・ラグジュアリーブランドの現場で、その地域・業界・組織にしかない真価を読み解き、世界へ届くかたちに翻訳する。国産素材で磨いた「ローカルをグローバルへ翻訳する作法」は、他業界でも形を変えて生きています。
産地戦略の北極星 — 時間を、味方につける
最後に、国産素材戦略の北極星を、改めて言葉にしておきたいと思います。
それは、時間を味方につける ということです。GI 登録の制度的価値、生産者の何十年にわたる栽培経験、その年その季節の収穫タイミング、ヴィンテージという将来的な構想 ── これらはすべて、時間が積み重ねてこそ価値を持つ要素です。
短期的な値段や入手の利便性で素材を選ぶのではなく、十年単位で土地と並走することで、はじめて手に入るテロワール。これを商品・伴走・事業設計の核に置くことが、Sun&R.Lab の国産素材戦略の根です。一度に大量の素材を確保することよりも、長期的に共に育っていける関係を、産地と一つひとつ編んでいく ── そういう種類の戦略です。
日本のテロワールを、世界の食卓のお供として届ける。これは、Sun&R.Lab が中長期で向かおうとしている北極星です。すぐに到達できる目的地ではなく、現在地から一歩ずつ近づいていく類のビジョンだと、自覚しています。
次回は、国産素材を使った具体的なペアリングレシピ設計を、フレンチコースを例に綴ります。
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Sources · 出典
- · 農林水産省『地理的表示 (GI) 保護制度』登録一覧 (2025年版)
- · Harold McGee『On Food and Cooking』第2版
- · International Trade Centre『International Spice Market Report 2024』
- · 日本ハーブ振興協会『ハーブの基礎知識』
- · Wine & Spirits Education Trust (WSET) Diploma 教科書: 香気成分の科学
- · ISO 6571: スパイス・調味料の揮発性精油定量法
Auteur · 著者
中山 光博Sun&R.Lab 合同会社 代表
