電力業界 DX の "難しさ" の正体
電力業界の DX 案件をご支援していると、ある共通した壁にぶつかります。
それは、「業界の暗黙知」が圧倒的に厚いこと。
JEPX への入札ルール、託送料金の構造、需給バランスを 30 分単位で取る運用、計画値同時同量制度、再エネ FIT/FIP の経済性——これらは Web で調べれば概要は分かりますが、「実際の現場ではどう運用されているか」は、現場に足を踏み入れないと見えません。
外部のコンサルが「業界の DX」を提案するとき、最も多い失敗は、この暗黙知をスキップしてテクノロジー先行で設計してしまうことです。
"Le Lieu" としての電力業界
私たちが テロワール論 で言うところの Le Lieu (土地・固有条件) が、電力業界の場合は次のような層になっています:
- 規制レイヤー: 電気事業法、託送供給等約款、JEPX 取引規程
- 物理レイヤー: 30 分同時同量、エリア需給、系統連系の制約
- 取引レイヤー: スポット市場、時間前市場、容量市場、需給調整市場
- 顧客レイヤー: 高圧/低圧の契約、スイッチング、電力使用量データの取得性
ここを誤読したまま「クラウドでリアルタイム予測!」と叫んでも、実装は事業の現場に着地しません。
"La Culture" としての電力会社の組織文化
電力会社の組織には、独特の文化があります。
- 保守性の高さ: 「停電を起こさない」が最優先される、慎重な意思決定
- 縦割りの強さ: 発電・送配電・小売が分離された後も、運用上の壁が残る
- 稟議の重さ: 数百万円規模の意思決定でも複数階層を経る
これは「悪い文化」ではなく、社会インフラを担う事業として理にかなった文化です。私たちが意思決定を急がせるのではなく、稟議の動線にフィットする提案資料の作り方を、業界経験を踏まえて設計します。
"Les Gens" — 現場のエンジニアと運用担当
そして最後に、現場のエンジニアと運用担当の方々。
電力業界のシステム運用を支えているのは、長年「停電を絶対起こさない」という重圧の中で経験を積んできた方々です。彼らは新しい技術に懐疑的に見えることがありますが、それは怠惰ではなく、「失敗できない仕事」を背負ってきた経験から来る正しい慎重さです。
私たちはこの方々を、プロジェクトの主役として扱います。新しい仕組みを「教える」のではなく、彼らの暗黙知を引き出し、それをデジタル化する伴走者として関わります。
実装事例 — 発電量予測システム
例えば、私たちがご支援してきた発電量予測システム。気象データと過去の発電実績から発電量を予測する、というだけ書けば一行ですが、実装は次の層を含みます:
- 物理モデル: 気象 → 発電量変換式 (太陽光・風力で異なる)
- 統計モデル: 過去実績との誤差補正
- 運用との接続: 30 分同時同量を満たす入札計画への変換
- 誤差時のリカバリ: スポット・時間前市場での調整プロセス
最後の二点は、システム設計の教科書には書いていません。現場のエンジニアの方々から引き出した暗黙知を、システムに編み込む。これが「業界特化型システム開発」の本質だと、私たちは考えています。
DX を急がない、という DX
業界特化型 DX で大切なのは、業界文化との対話。 急ぐべきは技術導入ではなく、文化への敬意の表明です。
これは矛盾した言い方に聞こえるかもしれませんが、業界文化を尊重した DX こそが、結果的に最速で着地する——というのが、私たちが現場で繰り返し検証してきた経験則です。
事業テロワール論は、この「敬意ある DX」を設計する方法論として、極めて実践的な道具になります。
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Auteur · 著者
中山 光博Sun&R.Lab 合同会社 代表
