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·業界考察·7 分で読める

ペアリング設計の五軸 — ソムリエの感性を、ノンアルコールへ翻訳する

ペアリング五軸を象徴する抽象的な editorial 静物。グラスとハーブが静謐に並ぶ

ペアリングという技は、扱う飲料が広がっても変わらない

国際ソムリエ協会 (ASI) が定義する「ソムリエ」の役割は、近年、ワインのみならず「飲料全般を通じてゲストの体験価値を高める専門家」へと、静かにシフトしてきました。Court of Master Sommeliers の教育体系でも、日本酒・焼酎・ノンアルコール飲料・コーヒー・お茶の知識が体系的に組み込まれつつあります。これは、ソムリエという職業の地平がワインを越えて広がりつつあることを意味しています。

私たちは、この変化を「ワインの時代の終わり」とは捉えていません。むしろ、ワインで磨かれた感性が、より広いパレットで発揮される時代に入ったのだと考えています。ペアリングは、扱う飲料の種類が広がっても、その本質 ── 一杯のグラスでゲストの一夜を縁取る ── は変わらないはずだからです。

本記事は、Sun&R.Lab が共創パートナーの皆様 (ソムリエ・シェフ・F&B マネージャーの方々) と対話するときに参照している「ペアリング設計言語のノート」です。

なぜ "五軸" を、私たちは中心に置いているのか

ASI のペアリング教本では、料理と飲料の組み合わせを評価する際の中心軸として、酸度・甘味・苦味・旨味・芳香 の五つが標準的に挙げられます。これに温度・テクスチャーを加えた七軸で語られることも多いのですが、本記事ではまず中核の五軸を起点に整理します。

これら五軸が「中心に置かれる」のには、構造的な理由があると私たちは捉えています。第一に、五軸は 料理側にも飲料側にも対応する共通言語 として機能します。料理の酸味と飲料の酸度、料理の旨味と飲料の旨味成分。同じ語彙で両者を語ることで、組み合わせの議論が抽象化と具体化の往復になります。

第二に、五軸は ワイン由来の語彙でありながら、原料の種類に依存しない ことです。ワインの「タンニン」「ボディ」のような語彙は、葡萄を前提にしないと使いにくい。一方、酸度・甘味・苦味・旨味・芳香は、お茶・ハーブ・果実・野菜・スパイスでも、そのまま使えます。だから、ノンアルコールへの翻訳がしやすい。

第三に、五軸は コース全体の起承転結を設計するためのリズム言語 にもなります。前菜には酸度を立て、魚料理では旨味を共鳴させ、肉料理では苦味で脂を切り替え、デザートでは甘味と芳香で締める。一皿ごとの最適化だけでなく、コース全体のグラデーションを設計する道具として、五軸は実用的です。

ノンアルコールが、五軸の "苦味・旨味・芳香" を拡張する

五軸のうち、ワインとノンアルコール飲料で「使える素材の幅」が大きく異なるのは、私たちの観察では 苦味・旨味・芳香 の三つです。

ワインでは、葡萄品種・産地・醸造手法の組み合わせで多様性が作られます。これは長い歴史のなかで磨かれてきた成熟体系で、現代のソムリエの感性の土台にあるものです。一方、ノンアルコール飲料は、植物素材のさらに広いパレットから選べます。お茶・ハーブ・果実・野菜・スパイス・キノコ・海藻 ── それぞれが独自の香気成分・苦味成分・旨味成分を持っています。

たとえば旨味。お茶のテアニン (アミノ酸の一種) は、料理の旨味成分 (グルタミン酸、イノシン酸) と化学的に共鳴します。ワインの旨味とは別の経路で、料理と対話できる素材です。たとえば苦味。和ハーブの揮発成分や、抽出温度の高いお茶のカテキンは、料理の脂を切り替える機能を持ちます。たとえば芳香。和ハーブ・国産柑橘・スパイス・無農薬果実の組み合わせは、ワインの樽香・葡萄香とはまったく別の芳香の地平を開きます。

つまり、ノンアルコールペアリングはワインペアリングの語彙を縮小するのではなく、拡張する のだと、私たちは仮説を立てています。ソムリエがノンアルコールを学ぶことは、ワインを忘れることではない。ワインで磨いた感性を、より広いパレットで発揮することなのだ、と。

五軸を、三事業の現場でどう使っているか

Sun&R.Lab の三事業のなかで、五軸はそれぞれ異なる使われ方をしています。

Maison Brand 事業では、五軸は 商品設計の指針 として機能しています。NEIGE & THÉ の四つのライン (Tea / Herbal / Fruits & Veg / Infusion) は、五軸のどこを担うかを意識しながらラインナップを編んでいます。Tea Line は旨味と微かな苦味を、Herbal Line は芳香を、Fruits & Veg Line は酸度と甘味を、Infusion Line は複層的なバランスを担う ── というように、ラインごとの役割を五軸の語彙で整理しています。

Non-Alcohol Agency 事業では、五軸は 店舗との対話言語 として機能しています。Discovery の途上で、現在いくつかの料飲事業者と対話を進めているなかで、ペアリング設計の議論が「主観的な好み」になりすぎないよう、五軸を共通の参照点として置いています。料理人とソムリエの感性を尊重しながら、それを言語化して再現可能にしていく。これが、Agency 事業が伴走でお役に立ちたい領域の一つです。

BizDev 事業では、五軸そのものは使いません。けれど、五軸を「現場の感性を言語化する方法論」として捉えれば、その思想は他業界にも応用できます。電力業界の運用感覚を、五軸のように整理可能な指標群へ翻訳する。物流の現場知を、再現可能な設計言語へ落とし込む。これらは、Sun&R.Lab が三事業を貫いて持っている「現場感性の言語化」という共通の方法論です。

価格と価値の議論にも、五軸は道具になる

最後に、五軸は技術論だけでなく経営論にも道具として使えると、私たちは考えています。

ラグジュアリーホスピタリティの現場では、「ノンアルコースをアルコールコースの何 % で設定するか」という議論が、徐々に観察されはじめています。一律の正解はありませんが、議論の出発点として「五軸のうち、どこを共鳴させ、どこを対比させているコースか」を整理すると、価格設定の根拠が言語化しやすくなります。素材の希少性、抽出技術の精度、ストーリー価値、提供現場の安定品質 ── これらは五軸のどこを支えるための投資なのか、という問いに翻訳できるからです。

私たちは、価格を「数字の交渉」として扱うのではなく、「価値の構造を、共通言語で言語化する作業」として扱いたいと考えています。五軸は、その作業の補助線です。

設計言語は、業界と共に育てていくもの

ノンアルコールペアリングの設計言語は、まだ業界全体として未完成です。ワインの「ボディ」「タンニン」「ミネラリティ」のような共有語彙が、ノンアルにはまだ少ない。だからこそ、いま語彙を作っていく作業に関わることの意味は大きい、と私たちは捉えています。

Sun&R.Lab は、ソムリエ・シェフ・F&B マネージャーの皆様と長期の対話を編みながら、この設計言語を共に育てていきたいと考えています。一方的に提案するのではなく、現場の感性を翻訳して構造化し、それをまた現場に戻していく ── そんな往復のなかで、ノンアルコールペアリングの北極星が、徐々に輪郭を持っていくのだと信じています。


次回は、ペアリング設計を商品開発の現場でどう実装するか、レシピ設計の観点から綴ります。

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Sources · 出典

  • · 国際ソムリエ協会 (ASI) ペアリング教本: ペアリングの五軸理論
  • · Wine & Spirits Education Trust (WSET) Diploma 教科書
  • · Court of Master Sommeliers『The Sommelier's Path』
  • · Hugh Johnson, Jancis Robinson『The World Atlas of Wine』第8版
  • · Michelin Guide 2026 — アドバンスド・ノンアルコールペアリングをめぐる業界議論
  • · サントリー『ノンアルコール飲料に関する意識調査』2024年6月

Auteur · 著者

中山 光博Sun&R.Lab 合同会社 代表

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Série · シリーズ

1 部 / 全 2

  1. 01ペアリング設計の五軸 — ソムリエの感性を、ノンアルコールへ翻訳するいま読んでいます
  2. 02レシピ設計という仕事 — 国産素材で、コースの起承転結を編む

繋がりのチカラで、豊かさと幸福が循環する世界を。

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