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·テロワール考察·5 分で読める

ブランドストーリーの翻訳 — 産地の物語を、市場に届ける設計

産地の風景と手仕事の道具が静かに並ぶ、余白の多い editorial イメージ

産地の物語は、そのままでは届かない

どの産地にも、必ず物語があります。何代も受け継がれてきた栽培の知恵、その斜面を選んだ理由、収穫の日を決める判断。生産者と話していると、こうした物語の厚みにいつも驚かされます。

けれど、率直に言えば、この物語はそのままでは市場に届きません。生産者が当たり前に使う言葉と、飲む人が受け取れる言葉のあいだには、大きな隔たりがあるからです。ブランドの仕事とは、この隔たりを越えて、産地の物語を飲む人の手元まで届けることだと私たちは考えています。それは物語を作ることではなく、すでにある物語を翻訳することです。本ノートでは、その翻訳の設計を綴ります。

翻訳であって、脚色ではない

最初に、はっきりさせておきたいことがあります。物語の翻訳は、脚色や誇張とは違うということです。

産地の物語を魅力的に伝えたいという思いが強くなると、つい、ないものを足したり、事実を大きく見せたりしたくなります。けれど、それをした瞬間に、ブランドは信頼を失います。地理的表示のような制度が産地を守っているのは、まさにこの信頼のためです。私たちが守りたいのは、事実を一つも曲げないという規律です。翻訳とは、事実の枠のなかで、伝わる言葉を選ぶ作業に他なりません。どの事実を前に出し、どの順で語り、どんな言葉で言い換えるか。素材は事実そのままで、料理のしかたを工夫する。この線を越えないことが、テロワールを語るブランドの前提だと考えています。

物語を痩せさせない、三つの層

翻訳するとき、私たちは産地の物語を三つの層で捉えるようにしています。この三層を意識すると、物語が痩せずに届きます。

第一は、事実の層。いつ、どこで、誰が、どのように。これは動かせない骨格です。第二は、理由の層。なぜその品種を選んだのか、なぜその斜面なのか、なぜその収穫の日なのか。生産者の判断の背景にある理由は、物語に奥行きを与えます。第三は、感覚の層。その素材を口にしたときに、どんな情景や記憶が立ち上がるか。飲む人が自分の体験として受け取れる入口です。多くの発信は、事実の層だけを並べて終わってしまいます。理由と感覚の層まで丁寧に翻訳して初めて、物語は飲む人のなかで芽吹きます。

生産者と一緒に、言葉にする

翻訳の作業は、私たちが一人で行うものではありません。生産者と一緒に進めるものだと考えています。

なぜなら、理由の層と感覚の層は、生産者本人のなかにしかないからです。私たちが外から想像で言葉を当てると、それは翻訳ではなく創作になってしまう。だから私たちは、生産者に何度も問いを重ねます。「なぜこの日に摘むと決めたのですか」「この香りを、どんな言葉で呼んでいますか」。生産者が普段は言葉にしていない判断や感覚を、対話のなかで一緒に引き出し、それを飲む人に届く言葉へ置き換えていく。生産者の物語を私たちが代弁するのではなく、生産者と並んで翻訳する。この姿勢が、Maison Brand のものづくりの根にあります。

器を選ぶ — 物語をどこで手渡すか

翻訳した物語は、どこで手渡すかによって、伝わり方が変わります。ボトルのラベル、商品に添える一枚のカード、飲食店での一言の説明、あるいはこの Journal のような読み物。それぞれに、収まる物語の長さと深さが違います。

ラベルには事実の骨格を簡潔に。カードには理由の層を少し。飲食店の現場では、スタッフの一言で感覚の入口を。読み物では、三層すべてをゆっくりと。同じ物語でも、器に合わせて翻訳の分量と語り口を選び分ける。器を無視して同じ文章を全部に流用すると、どこかで物語が窮屈になったり、逆に薄まったりします。物語の器を選ぶことも、翻訳の一部だと私たちは考えています。

物語を届けることは、産地への敬意

ブランドストーリーの翻訳は、華やかに見えて、実はとても地道で、慎重さを要する仕事です。事実を守りながら、物語を痩せさせず、生産者と一緒に言葉にし、届ける器を選ぶ。この一つひとつは、産地への敬意の表し方でもあります。

私たちが届けたいのは、うまく飾られた物語ではなく、その土地と作り手が本当に持っている物語です。それをまっすぐ翻訳して手渡すこと。ここに、テロワールを掲げるブランドの責任があると考えています。


Maison Brand のものづくりについては、Journal の関連記事もあわせてご覧ください。

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Sources · 出典

  • · 農林水産省『地理的表示 (GI) 保護制度』の一般的枠組み
  • · Hugh Johnson, Jancis Robinson『The World Atlas of Wine』第8版 (産地物語の語り方)
  • · 国際ソムリエ協会 (ASI) ペアリング教本: 飲料の背景説明の設計

Auteur · 著者

Sun&R.LabSun&R.Lab 合同会社 代表

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